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【本】「機械との競争」

 豊臣秀吉に仕えた、曽呂利新左衛門という相談役がいた。秀吉から褒美を下される際、何を希望するか尋ねられた新左衛門は、今日は米1粒、翌日には倍の2粒、その翌日には更に倍の4粒と、日ごとに倍の量の米を100日間もらう事を希望した。秀吉は承諾したが、日ごとに倍ずつ増やして行くと100日後には膨大な量になる事に途中で気づき、他の褒美に変えてもらった-という逸話があるそうだ。

 解説で小峰隆夫氏(法政大教授)が、また本書中では「チェス盤」の法則として―チェス盤を王に献上した男が、褒美としてチェス盤のマス目に一つ目は米を一粒、二つ目に二粒、三つ目に四粒…と置いていき、その合計を所望。未来学者のレイ・カーツワイルが現代に紹介した―として紹介されているこの幾何級数的、指数関数的な増加、成長というのは当初こそ直観的には理解しにくい。しかし、ある段階を超えると、とんでもないことが起きていることに気づかされる。

 IT技術は、まさに倍々ゲームに増える米粒のようなスピードで進歩している。それを支えているのは、ざっくりと「集積回路上のトランジスタ数は1年半ごとに2倍になる」と表現される、コンピュータの性能・処理能力・コストパフォーマンスは1年半ごとに2倍になる、との経験則、ムーアの法則だ。それに従えば、10年後には現在より100倍、20年後には現在より1万倍も処理能力が向上することになる。※もっとも、シリコンの微細化技術が限界に達するというシリコンの限界説もある。

 大不況(リーマンショック後)にも、雇用や所得が改善せず、富の偏在がますます進んでいるのは、古典的な経済循環理論では説明できず、技術革新やイノベーションの不足が理由でもない。あるいは規制緩和が足りないわけでもない。人間が機械との競争に敗れ、機械に置き換え可能な職業が増えているからだ。そしてその領域は、IT技術の進化とともにますます広がっている。

 コンピュータは汎用機械であるから、ありとあらゆる分野に進出できる。その影響は蒸気や電気による産業革命の比ではない。つまり、人間にしかできないと言われていた知的・創造的分野も浸食しつつある。定式化が可能な単純作業が主だった機械化、コンピュータによる雇用の代替は、やや複雑なコミュニケーションが必要なコールセンター業務などにも浸食しつつある…。例えば、数年前には、自動車の自動運転技術などは、実現がきわめて困難と考えられていた。自動車の運転に必要なスキルには、定式化できない情報処理が膨大に求められるためだ。しかし、すでに、グーグルは自動運転で公道を数十万キロ走ることに成功している。

Googleの自動運転カーは毎秒1GBのデータを処理、これがGoogleカーから見た世界 - GIGAZINE自動運転:未来技術まとめ Wiki

 1760年代から1800年代初めまでに起きた産業革命当時にも、雇用が機械に奪われるという不安はあり、実際にラッダイト運動というのが起きたりもしている。ただ、この産業革命では、機械に代替された労働者は、技術革新によって生まれた新たな雇用に移行したし、雇用を吸収するだけの新産業が起こっていた。技術の進歩は成長率を高め、生活水準は向上し、より多くの雇用機会が創出されてきた。しかし、ITによる産業革命ではなぜ、こうした移行が進まないのか? 本書ではその理由を、技術の進化のスピードが速すぎて、社会がそれに適応、最適化できないから、と指摘する。

 自動運転技術が実現すれば―実現することはもはや疑いなく、問題はいつ実現し、社会がそれを受け入れるか、だろう―バスやタクシー、運送会社のドライバーという職業は駆逐されるだろう

 本書では、ITによる産業革命について、現在は「チェス盤」の真ん中あたりにある、とみている。指数関数的な爆発はこれから、というわけだ。10年前を思い起こす。鮮明な写真や動画をリアルタイムで地球の裏側とやりとりすることを想像できただろうか。この先に起こるのは、そんな驚きを超える、本当に想像もつかないIT技術の進化なのかもしれない。さらに「機械との競争」への処方箋として、機械との協調、教育の充実などをあげる。本書の趣旨は、IT革命は雇用を奪うのではなく、雇用の形態と構成を変化させる。そのスピードが速すぎて社会が対応できない-ということにありそうだ。本書で紹介される、「組み合わせによるイノベーション」は、チェス盤の指数関数的増加を人間が上回る方法一つであり、人間を競争にとどまらせる最高の方法という。

 ところで、人工知能の世界では、特にSFで(?)「技術的特異点」が語られる。創造的で、真に人間のように考え笑い泣き創造するような人工知能の誕生を指している。現代ではまだ将棋やチェスでプロに勝ったり、クイズ番組でチャンピオンになったりする程度(と言っても、これはものすごい進歩だ!)のIT・人工知能技術が、どこかでブレイクスルーを迎え、特異点を超えた時に何が起きるか。

 本書の趣旨とそれるが、人工知能の叛乱というのは、SFの古典的テーマで、数え切れない小説や映画が描かれてきた。仮に技術的特異点を超えた時、雇用や経済に限らず、社会にどんな影響が及ぶのか、それは本書の予想や分析を超えるのではないだろうか。

機械との競争

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