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【本】「殺人犯はそこにいる:隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」

 足利事件や、同じ時期に冤罪が明らかになった袴田事件などを見聞きするたびに思うことがある。では、真犯人は誰なのか? どこにいるのか?

 しかし、事件発生から数十年。新しい証拠が出ることはないだろうし、捜査機関は再捜査するわけでもない。結局、うやむやである。なんとなく捜査批判が起こり、名誉が回復された人の人情噺が広がり、そして忘れられていく…。最近、取り調べの可視可は多少、取り上げられるものの、冤罪の土壌となる代用監獄検察側証拠の開示・非開示問題などは手つかずのままだ。

 冤罪、誤った捜査で被害を受けるのは、無実の罪を着せられた人間だけではない。事件の被害者やその家族・遺族、さらに真犯人が野放しにされている社会に生きる一般市民である。本書がすごいのは、ただの「冤罪本」ではないところ。独自取材で真犯人と思しき人物~風貌から「ルパン」と呼ぶ~を突き止め、捜査機関に情報提供までしている。しかし、捜査機関は動かない。なぜなら、真犯人を捕まえることは、捜査・司法機関にとっての“不都合な真実”をも暴露する恐れがあるからだった。

 桶川ストーカー事件で、警察よりも先に真犯人を突き止めた「伝説の記者」が、冤罪確定前から足利事件、いや北関東連続幼女誘拐殺人事件を取材し、日本の捜査・司法機関が抱える暗部に迫っていく。ページを開くたび鳥肌が立ち背筋が凍り付く。

 1979年~1996年にかけて4件<栃木県足利市、群馬県太田市という隣接する2市で、4歳から8歳の5人の少女が誘拐または殺害されているという重大事件>(Amazon)があった。その中の一つが、1990年5月の「足利事件」。菅家利和氏は足利事件とほか2件について逮捕されたが、起訴されたのは足利事件の1件のみ。地元市民も被害者遺族も、3件とも菅谷氏が犯人であり、裁きを受けたと認識していた。しかし、菅谷氏が拘留されていた1996年にも、5件目の類似事件が発生する。

 大型番組のリサーチで足利事件と出会った著者清水潔氏は当初、罪を認めた菅谷氏の自供と“DNA「型」鑑定”という鉄板の証拠がそろっていることで、取材には乗り気ではなかった。しかし、資料を精査し現場を歩いていくと、事件のおかしさに気づいていく。

 実は、鉄板の証拠であるはずのDNA「型」鑑定というのが非常に杜撰で、当時マスコミが礼賛したような科学的で正確なものではなかった。どんなに科学的とされる証拠でも、それを扱う人間次第で、いかようにでも改竄、捏造できてしまう。

 なにより、本書後半で明かされるが、取材当初から清水氏は真犯人と思しき人物に行き当たっていた。清水氏が菅谷氏の冤罪証明に手間を掛けたのも、間違って「真犯人」の席に座ってしまった菅谷氏を退かせ、連続幼女誘拐殺人事件の真犯人を追い詰めるためだった。

  では、捜査機関・司法にとって“不都合な真実”とは何か? 一つは、菅谷氏逮捕後に発生した5件目の幼女誘拐殺人事件。仮に事件が同一犯による連続犯行で、5件目も真犯人による事件であったら…。捜査機関にとっては事件の連続性を無視し、菅谷氏逮捕で捜査を打ち切ったために起こったことになってしまう。

 もう一つは、すでに執行してしまった死刑事件が冤罪かもしれない、ということ。1992年に福岡県飯塚市で起きた、2人の女児が殺害された飯塚事件だ。久間三千年という男性が逮捕され、死刑判決の後、再審請求準備中の2008年10月、確定死刑囚としては異例の早さで死刑が執行された。

 ところで、5月28日現在、Amazonには本書について70件のレビューが掲載されている。そのうち2件は、レビュー自体の評価が★1と低いが、本書についてとても批判的な内容である。しかも、共通して批判しているのは飯塚事件について。2件のうち1件のレビュワーは本書についてしかレビューしておらず、相当に感情的である。ひょっとして飯塚事件の関係者かとも邪推したくなる。足利事件では、DNA「型」鑑定の杜撰さが証明され、現代のDNA鑑定で菅谷氏が真犯人ではあり得ないことが証明された。しかし飯塚事件は、足利事件と異なりDNA型鑑定以外にも証拠がそろっており、冤罪の可能性はない-との主張が、上記レビューの主張である。

 本書では、飯塚事件について、久間という男性を有罪にした立証構造は、脆弱な情況証拠が相互に依存した上に成り立っており、例えば有力とされる目撃証言も、捜査官に相当に誘導された経緯があることなどを詳細に指摘している。そして、飯塚事件でも証拠の一つとなった、足利事件と同様の手法で行われたDNA「型」鑑定について検証している。このDNA「型」鑑定について、飯塚事件の再審請求審で福岡地裁は、請求自体は認めなかったものの、「有罪認定の根拠とすることはできない」と判断している。逆説的に、DNA型が一致しないということは、真犯人ではない、という証拠にもなり得るのだが。実際、飯塚事件で弁護側による民間鑑定では、久間氏は「真犯人ではあり得ない」という鑑定も出ているようなのだ。

 そもそも、刑事訴訟法では、「疑わしい」だけでは有罪とはならないと定められている。有罪認定には「合理的な疑い」がないことが求められる。

「抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である」(最判平成19年10月16日)wikipedia。

 被告は自身の完全無実を証明する必要は無く、警察・検察が犯罪行為を厳密に立証しなければならない義務を負っている。ただし、日本の裁判では、起訴は有罪確定とほぼ同義であり、無罪を勝ち取るにも再審請求を認めされるのにも、被告がほぼ「完全な無罪を証明する」ことが求められている。

 いずれによせ、本書が主張するよう、北関東連続誘拐殺人事件は再捜査されなければならない。「ルパン」が真犯人かどうか、現代の精密なDNA鑑定によって決着をつけなければならない。そして、現代のより正確な手法で、飯塚事件もDNA鑑定をやり直せばいいのだ。DNA鑑定によって、真犯人かどうかは分からなくとも、足利事件のよう、真犯人足り得ない、ことは証明できるのだから。そうすれば、飯塚事件の久間という男性が真犯人かどうか、相当な精度で決着がつくはずだ。

 しかし、それはできない。北関東の5件目の事件が、杜撰捜査の結果によって起きていたとしたら…。そしてそれは、飯塚事件のDNA再鑑定にもつながりかねない。もっとも、検察側はすでに、飯塚事件の鑑定試料は残っていないと主張している…が。

 飯塚事件が冤罪かどうかは分からない。しかし、たとえ死刑が執行されてしまっていたとしても、改めて調べ直すべきではないのか。またこのまま、足利事件を含む連続幼女誘拐殺人事件を未解決にしていいのか。事件はまだ終わっていない。清水氏も諦めていないようだ。

 著者の清水潔氏と、こうした取材・報道を許した日本テレビに敬意を表したい。

殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件

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VS.―北関東連続幼女誘拐・殺人事件の真実 (ヤングジャンプ愛蔵版)

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血痕は語る

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